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―――――みーん、みーん、みーん
夏の日差しが痛いほど肌に突き刺さる。子供達が木々の間を走り抜けていく。
小さな男の子二人に、女の子が二人。先頭に男の子、その後をもう一人の男の
子、さらにその後を女の子達が追いかけている。
「ま、まってよ〜、二人ともはやいよぉ。」
薄赤い髪の色をしたショートカットの女の子が前を走る二人に言葉をかける。
一緒にいるもう一人のロングヘアの女の子は喋る余裕が無いのか一生懸命に走
っている。
すると、前を走っていた男の子が立ち止まっって振り向いた。
「だいじょうぶ、あきはちゃん、ひすいちゃん。」
男の子の元に二人が走ってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、志貴ちゃんたち速いよ〜。」
薄赤い髪の女の子翡翠は、志貴と呼ばれた男の子に愚痴をもらす。
横にいるロングヘアの女の子、秋葉は、はぁはぁ、と息を切らせている。
そこに、先頭を走っていた男の子が戻ってくる。
「なんだ、だらしないなぁ、二人とも」
「なによぉ、四季くんみたいに速くないし、女の子なんだよ、私たち。」
「そんなことはあんまり関係ないだろ。な、志貴。」
四季は自分は悪くないと言うように二人に主張した。そんな四季に志貴は、
「まあまあ、二人ともそんなに走れないんだから。ここで、遊ぼうよ。」
志貴は提案をした。しかし、
「四季様、秋葉お嬢様。どちらにいらっしゃいますか。」
遠くから女の人の声が聞こえる。どうやら、屋敷の侍女のようだ。
「四季様、秋葉お嬢様。槙久様が呼んでいらっしゃいます。遊ぶのはやめて、
早くいらっしゃってください。」
侍女の声がだんだん近くなってくる。
四季は明らかに不満な顔をしていた。
程なくして、侍女が4人のところにやってきた。
「四季様、お嬢様。ここにいらっしゃいましたか。ささ、槙久様が大事なお
話があるそうで呼んでおられます。遊びたいお気持ちも分かりますが、どうか
ここは槙久様の所までおいで下さい。」
「はぁ、しかたないな。志貴、今日はここまでだ。また明日遊ぼうな。」
侍女は四季と秋葉の手を引いて志貴と翡翠の前から去っていった。
残された二人は、
「志貴ちゃん、これからどうする。」
「どうするって、二人じゃ楽しい遊びなんてあんまり無いよ。」
志貴は足元の小石を蹴ってつまらなそうにしている。
すると翡翠が、
「じゃ、志貴ちゃん、私の秘密のところに連れて行ってあげる。」
翡翠は志貴の手を引いて歩き出した。志貴は特に逆らわなかった。翡翠の言
う秘密の場所に興味があったし、翡翠と二人でいることに嫌悪感を感じること
は無かった。むしろ、やすらぎを感じていた。
翡翠は志貴の手を引いて、木々に絡まった植物の壁を抜けどんどん歩いてい
く。すると、目の前が開け、大きな木生えている広場に出た。翡翠は志貴の手
を離し、木陰に走っていった。
「志貴ちゃんもおいでよ。ここ、風が吹いてすっごく気持ち良いんだよ。」
翡翠が志貴に向かって大きく手を振った。志貴は翡翠のいる木陰に歩いてい
った。
「ね、ここに座って。」
翡翠は無理矢理志貴を木陰に座らせた。
「ねぇ、志貴ちゃん。志貴ちゃんはここにいて楽しい?」
唐突に翡翠は変なことを聞いてくる。
「ここは、気持ちいいし、楽しい……かな。」
「ううん、そうじゃなくて。………このお屋敷にいて楽しいかを聞いてるの。」
翡翠は少し言いにくそうに言った。それに志貴は、
「四季やあきはちゃん、ひすいちゃんがいるから楽しいよ。でも、いっつも
おんなじ場所で遊んでいるから、この屋敷の外に出てみたい。でも、多分無理
なんだろうな。」
志貴は、膝を抱えて寂しげに答える。
志貴はこの遠野家の屋敷に養子として連れてこられた子供である。ある程度の
自由はある。しかしそれは遠野家の中の自由という意味だ。だから、自分の意
志で屋敷の外に出ることは出来ないし、おいそれと屋敷の外に出る許可がおり
るとは思えない。
しかし、そんな志貴の言葉に翡翠は、
「じゃあ、志貴ちゃん、あたしが志貴ちゃんを外に連れて行ってあげる。そう
して、志貴ちゃんたちといっぱい遊ぶんだから。」
屈託の無い笑顔で翡翠は志貴に答えた。
「だからね志貴ちゃん。」
「ん?」
翡翠は、
「あたしを志貴ちゃんの一番にして欲しいな。挨拶するときも、知らないこと
をお話してくれるときも、告白してくれるのも全部、志貴ちゃんの一番にして
欲しい。」
といった。
志貴は、「いいよ。」と二つ返事で答えた。
子供同士の何の事は無い会話。その意味を知らず、友情という意味での答え。
しかし翡翠は、志貴のことが好きだった。だから、翡翠は志貴の一番でいたか
ったから誰にも教えたことの無いこの場所を志貴に一番最初に教えたのだ。
それから、1週間後……。
志貴は、四季を見上げていた。胸からは赤い液体が止まることなく流れている。
横を見れば、泣きじゃくる秋葉と、呆然とする翡翠が見えた。
志貴は秋葉をかばって瀕死の怪我を負った。志貴が一番最初に庇ったのは秋葉
だった。翡翠は、一番ではなかった。そして、二番目に庇ってもらえることも
無く、志貴は地面に倒れている。近くの秋葉が狙われたためであり、それは志
貴の性格からすれば至極当然のことだったかもしれない。
翡翠は泣いた。大好きな志貴を失うということと同時に、志貴の一番になれな
かったことを。
どれ位時が経ったか分からない、志貴は病院で目覚めた。志貴が一命を取り止
めたことを聞いた翡翠はどれだけ喜んだか知れない。また一緒に遊べる、翡翠
はそう思っていた。
そして幾日か過ぎたあと志貴は病院から退院した。しかし志貴は病院を退院し
てからすぐに有間家に預けられることになった。
翡翠はまた泣いた。今度こそ会うことは出来ないと感じたからだ。近くにいる
のに会うことが出来ない。そのことは志貴も同じだった。
志貴は翡翠に別れの言葉をいえなかった。いや言ったのだが、あの子は“琥珀
”だったという真実を知ってしまったから。
志貴は自分を慕ってくれた翡翠にあの時言葉をかけることが出来なかったこと
を今でも悔やんでいた。
―――――――――――――――
志貴の身体が大きく揺れる。それと同時に意識が揺れる。まどろみから取り出
された意識が徐々に開放されていく。
………志…………さま………志貴…………さま………志貴さま……
翡翠の声が聞こえる。
志貴はうっすらと目を開けた。いつのまにか眠ってしまったらしい。ここが何
処かを考えてみるがみていた夢のせいかまだ頭が重い。
「あれ?翡翠・・・ここは。」
「お目覚めになられましたか志貴さま。」
横には翡翠がいる。いつもどおりの目覚めだ。しかし、
「早く起きろ。もう着くんだぞ。」
それをいつもどおりではない声の主で意識が覚醒する。有彦だ。
「ああ、寝ちゃったのか、俺。」
「寝惚けるのもいいかげんにしろよ。おっと、もう着くぞ、ほら先に行ってる
からな。」
と、有彦はデッキの方に行ってしまった。
「志貴さま、急がなければ遅れてしまいます。」
と、翡翠は既に棚の上にあげてあった荷物を降ろしている。もちろん志貴の物
もだ。
「ああ、有難う翡翠。」
志貴は手を差し出して自分の荷物を取ろうとした。志貴の指先が翡翠の手に触
れた。翡翠は驚いたのかさっと手を引いた。
「あ……………」
翡翠は自分のした行動に対して声をあげた。
翡翠は極度の男性恐怖症である。昔は志貴の手が触れた際に振り払ったほどだ。
今は、少しずつなれたせいもあって、志貴に触れられることには嫌悪感を抱か
なくなっていった。しかし、時として無意識に反応してしまうことがある。
「し、志貴さま。申し訳ございません。」
翡翠は震える声で謝る。しかし、志貴のほうは全く気にした様子は無く、
「ごめんごめん、驚かせちゃったかな。まだ、時間がかかるだろうからゆっく
り治していけば良いよ。」
志貴は優しく翡翠に言った。
「さぁ、早く行こう。有彦にまた愚痴られちゃうから。」
と、志貴は翡翠の手を優しく握ってデッキの方に歩いていく。
新幹線が停止し、ドアが開く。4人は新幹線を降り、改札口へと向かう。
改札を通り、駅から外へ出た。
駅周辺は雑居ビルが立ち並んでいる。駅前でタクシーを拾い、目的の宿へと向
かう。
有彦が言うには駅から結構離れた場所だという。
30分ほど走ると、周りには鬱葱と建っていたビルの群れは無くなり、民家も
まばらに点在するようになった。周りは古い建築物と観光客相手の店が立ち並
んでいる。車外の風景を眺めているうちに宿に着き、荷物を預けた。部屋は二
部屋、部屋の番号は401と410。元々は志貴と有彦、一子と翡翠の組み合
わせだったのだが、一子が410は志貴と翡翠、401は有彦と一子の組み合
わせに変えた。一子さん曰く、
「この馬鹿が何かしそうだから。」
という理由らしい。
4人は宿を後にし、近くの観光スポットへと向かった。
4人は近くにある、古風な街並みを散策することにした。冬で寒いだろうから、
と人が少ないと予想していたのだが考えていたよりは人通りが多い。途中で志
貴と翡翠は、有彦達と別れ街を歩く。
「翡翠、寒くないか。」
「はい、このくらいなら何でもありません。」
珍しくジャケットを羽織っている志貴。冬の冷たい風は容赦なく二人に吹き付
ける。そんな中、翡翠は平然としている。しかし、翡翠の両手はぎゅっと握ら
れ、少し赤くなっている。
「翡翠。」
志貴は翡翠の手に触れた。
冷たかった
翡翠の両手はまるで、氷のような冷たさだった。志貴は、
「駄目じゃないないか、翡翠。こんなになるまで我慢してちゃ。」
と志貴は翡翠の両手を口元へと持っていく。
「はぁ、……はぁ………」
「あ………」
志貴は翡翠の手に何度も息を吹きかける。少しずつだが翡翠の手に温もりが戻
ってくる。当の翡翠は顔を赤くして志貴に息を吹きかけられる両手を見ている。
「うん、もう大丈夫だ。」
と、志貴は息をかけるのをやめた。そして、翡翠の右手をジャケットのポケッ
トに入れた。
「志貴さま、あ、あの………」
「こうすれば寒くないだろ。両方は無理だけど、寒くなったら手を入れ代えれ
ば・・。」
そのまま、二人は街中を歩く。古風な珍しい建物を眺めながら歩き、時には、
出ている出店に寄って、翡翠と一緒に食べ物を食べた。
何気ない出来事に時折、翡翠の顔に笑顔が戻る。それは、屈託の無い笑顔。あ
の頃の翡翠の笑顔を見ているように志貴は感じた。
翡翠と一緒に街を廻っていると、いつのまにか日が傾き、辺りが薄暗くなり始
めていた。
冷たい風がより一層二人に強く吹き付ける。人通りはまばらになり、店も閉め
始めている。志貴たちは宿へと戻ることにした。
冷えた街を二人は手を繋いだままゆっくりと歩く。いま、この時が終わらない
ようにと願うかのように、翡翠はぎゅっと志貴の手を握り締めた。それに応え
るように志貴の手が翡翠の手を握り返す。
20分ほど歩いて、宿に戻ってきた。フロントで鍵を受け取り部屋へと向かっ
た。有彦と一子は既に帰ってきているようだった。
志貴は部屋に戻ってすぐに有彦の泊まっている部屋に向かった。
「おう、志貴。待ってたぜ。もう少しで飯だってさ。それにしても羨ましいよ
な。美人の彼女と二人っきりでよ。どうだ、キスぐらいはしたのか?」
「ばっ、ばか。するわけ無いだろう。ましてや、人が結構いるのに。」
「どうだか。」
有彦はよほど悔しいのか、志貴に当たる。
「その辺にしとけ、有彦。志貴がするわけ無いだろう。もうちょっと人がいな
ければしたかもしれないがな。」
と、白い歯を見せニヤリと笑った。
「い、一子さんまで………」
「まぁ、そんなことはどうでもいい。さっさと飯にするか。」
と、一子さんは、夕食の用意してある部屋に行ってしまった。
「姉貴を待たせると面倒だ。俺達も行こうぜ。」
と、有彦も行ってしまった。志貴はやれやれと溜息をつきながら自分の部屋へ
と翡翠を呼びに行く。部屋の前まで来る間、志貴は翡翠のことを考えていた。
今日はずっと翡翠と一緒だった。だけどそれでは屋敷での休日と同じと志貴は
感じ始めていた。
《つづく》
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