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「……起きないか」
だが、少し残念そうに呟く。
王子様のくちづけでお姫様は目覚めなかった。
となれば、自然と目覚めるのを待つしかないだろうか。
触れそうなほど間近にある翡翠の寝顔を、志貴はただ眺める。
小さく吐息を漏らす様。
どこか平和な寝顔。
翡翠自身のベッドでないけど、寝心地はどうなんだろうか。
そんな事を考えてもみる。
志貴のベッドであるから翡翠は安らいでいるのだという洞察は、あいにく決
して鋭いとは言えない志貴の判断を超えていた。
それでも、翡翠が自分の前でこうした姿を見せている事に、どこか信頼のよ
うなものを感じさせられた。
だから飽く事無く、志貴はそうして嬉しそうに翡翠を眺めていた。
ふと、翡翠の胸元に目が行く。
決していやらしい思いを抱いた訳ではなく、何の気なしに。
翡翠の呼吸に合わせ、そのリボンで飾られた膨らみ辺りが、小さく動く。
ほとんどあるかなしかの上下運動、だが間近にじいっと見つめる目には、は
っきりと見て取れる。
柔らかい翡翠の胸。
志貴は唇ほどでないにしろ、何度かは馴染みとなっている翡翠の魅力ある部
分を思い浮かべる。
その形を。その感触を。
正直なところ、同年輩の女の子と比べても翡翠の胸は豊かではない。
服を着ていても相当なボリュームだとわかるアルクェイドやシエル先輩と比
べると、かなり控えめ。
間違っても大きいとは言えないな、と志貴は本人に言えないような事を考え
る。
けれど、翡翠の胸に対して不満など持った事が無かった。
小さいと言っても、形良く膨らんだ乳房は志貴の目を惹いた。
薄く静脈が見えそうな白い肌の丘陵に、小さな乳首が縮こまって鎮座してい
る。
その蕾のような薄紅の突起がたまらなく愛らしい。
何より、何度志貴の目に晒しても、おずおずと恥かしそうにして、手で隠す
翡翠の仕草。
それを宥めすかして胸から離して貰ったり、実力行使でずらさせたり。
そんな時、ほんのりと赤味がさしたりするのも、志貴の目を喜ばせた。
たっぷりと目で楽しんで、あるいは姿を見て堪らず、手を伸ばして触れる。
柔らかくて、それでいてまだ芯の残ったような硬さを少し感じさせる。
まだ熟れていない青い果実。
そんなありふれた喩えがぴったりに思える。
時に熱中しすぎて強くして、痛みを覚えさせてしまうが、翡翠は咎めようと
はしない。
志貴が謝るのを、ぷるぷると左右に頭を振って受け入れない。
見せる事以上に恥かしそうではあるが、出来るだけ志貴を邪魔しないように
している。
それでも、志貴の愛撫によって思わず甘い声を洩らしかけたり、体が反応し
て縮こまっていた先端が勃起してつんと突き出すのには、顔を真っ赤にして羞
恥を露わにする。
志貴にしてみれば、魅力あふれる胸自体への執着もあるが、翡翠のそうした
意識せぬ媚態に触れる事こそが、何よりの喜びなのだが。
じっとその緩やかな起伏を眺めていたが、志貴は吸い寄せられるように手を
伸ばした。
寝たままの翡翠の胸を掌で覆うようにする。
あくまで柔らかく、触れて僅かに、ほんの僅かだけ力を加える。
下着や中の服、何枚もの布地に阻まれているが、それでも翡翠の胸の柔らか
さを感じた。
いつもとて、決して障害物無しで堪能している訳では無い。
下着姿の翡翠を手で包み込む事もあるし、キスと抱擁による束の間の交歓で
胸に当たる翡翠の柔胸を感じる事もある。
今のようにメイド服を着たままの翡翠の胸を触った事も一度や二度では無い
「いくら何でも、これ以上したら起きるよなあ」
そっきまでは起こそうとしていたのに、今はむしろそれを恐れる口調。
さすがに志貴には後ろめたい感じがある。
眠っているのを良い事に、悪戯するような真似。非道であり、そんな事をさ
れていたと知れば、翡翠は怒るかもしれない。
「怒るならいいけど、泣き出しちゃったりしたら……」
そう考えると、手が止まりそうになった。
琥珀はすぐに妹の異常に気付くだろう。そうすれば翡翠が口を噤もうとして
も、あの手この手で何が起こったのかを聞き出してしまうだろう。そしてそれ
は志貴にとって歓迎すべからざる事態を招くに違いない。
翡翠が何も語らなかったとしても、志貴へと矛先が向く。それは琥珀からだ
けでなく、秋葉によっても問い詰められるというさらに恐るべき展開を迎える
だろう。
確実に、無慈悲に。
だが、志貴はそうした目を背けたくなる未来を、己の危機を恐れてはいたの
ではなかった。
それはそれで恐怖に値したが、それよりも翡翠を悲しませるかもしれないと
いう可能性に背筋が寒くなる。
「止めよう。うん、やっぱり、こんな真似……」
と、志貴は気がついた。
短い煩悶の中で、手だけは快感を追い求め、ゆるゆると翡翠を弄っている事
に。
何をやっているんだ。
慌てて手を引っ込めようとした時、翡翠の体がぴくんと動いた。
まずい、目が覚めた。
さあっと、寒気がする。
しかし、翡翠は目を開いたりはしなかった。
僅かに体を揺らすように動かし、そして口を開いただけ。
「あん…ふぁ、し…きさま……」
悲鳴ではなく。
咎める声でもなく。
そもそも意識あっての言葉ではなかった。
だが、その声は。
志貴の愛撫による甘やかな感覚と、僅かな誘いの意思すらも示していて……。
志貴のスイッチが僅かに入った。
躊躇いは消えていた。
翡翠も喜んでいる。
それが都合の良い免罪符となってしまっていた。
たとえ途中で目を覚ましても、きっと許してくれる。
そう自分を騙してしまった。
「いいよ、翡翠。もっと可愛がってあげる」
耳元で小さく囁き、同意を待たず、志貴は胸に触れて止まっていた手を本式
に動かし始めた。
掌で揉みこむように。
指先で布地に隠された、可愛い突起を探り出すように。
柔らかく押し潰し、そして逆に搾って持ち上げるように。
翡翠の呼気が次第に乱れ、時に喘ぎを交えるのを楽しみ、志貴は存分に翡翠
の胸を堪能し続けた。
さすがに、翡翠のメイド服を脱がすような真似まではしなかったけれども。
どれだけの時間を夢中で過ごしていたのか。
ようやく志貴は手を離し、上半身を起こした。
顔には、晴々とした満足の色。
翡翠を眺める。
小さく開いた唇は、薄く濡れている。
胸の膨らみは、明らかに布地が皺寄っている。
何度も身悶えしたからだろうか、スカートの裾が少し乱れていて、ほっそり
としたふくらはぎを露わにしている。
自分自身の手によるものでありながらも、妙にしどけない姿を目にして、志
貴は愛撫の最中に感じたものと違ったドキドキを感じていた。
とりあえずの満足感を得て、幸いにも翡翠は目が覚めなかった。
今ならば、何も翡翠には気付かれずにすむ。
少々後ろめたさは残るが、まあ心の中で謝っておこう。
このまま部屋を出ても良いし、そ知らぬ顔で翡翠を起こしても良い。
だが―――
「どうしようかな?」
志貴の口からは、さらなる葛藤に満ちた声が言葉として洩れ出ていた。
胸への愛撫を止めたのは、満足したという事以外に理由があった。
確かに、胸への欲求は満たしたのだが、それで終わりではなかった。
さらに、さらに。
もっと翡翠が欲しい。
次なる欲求が志貴の心で渦巻き、行動に駆り立てていた。
このまま、自分も着ている物を脱ぎ捨ててしまおうか。
眠ったままでも、僅かながら翡翠は刺激に反応している。
もっと激しくしたら、さらに体は性感に敏感に応えるだろう。
胸の先をつんと尖らせ、肌を紅潮させ、男を受け入れる部分はとろとろと粘
液に濡れて口を開き始め……。
意識の無い翡翠を感じさせ、そして結合にまで到ってしまう。
背徳感ある、しかしどうにかなりそうな興奮を誘う行為。志貴は生唾を飲み
込んだ。
そうしたら意識の無いままに体だけが達するだろうか、そんな事を志貴は考
えてみる。
いつもだって翡翠自身の意志に関係なく、呑み込んだ志貴を締め付けさらに
奥へと誘う。
必死にしがみつき、そのきつさの中でうねるように動く。
そんな風に、眠ったまま志貴を迎え、たまらない快感に浸らせるのだろうか。
志貴の迸りを受け、きゅっと収縮して、ふっと柔らかく脱力をしてしまうの
だろうか。
それともさすがに途中で目が醒めるだろうか。
自分が眠っているうちに裸にされ、犯されている事に気づいてどうするだろ
う。
いきなり体の欲情と高ぶりの中に意識を放られ、冷静に状況などわかるだろ
うか。
準備状態の無い、唐突な絶頂。
戸惑い身を離そうとするのに、翡翠のそこは結合の解除を拒んでよりいっそ
う咥え込んでしまうかもしれない。
そんなちぐはぐな心と体で、いったい翡翠はどうするのだろうか。
そんな想像をするだけで堪らなくなり、志貴は痛いほどの自分の高ぶりを解
き放とうと仕掛けた。
幾分焦りで見苦しい動きになる。
だが、ベルトをほぼ外した所で、翡翠の寝顔をちらりと見てしまった。
まだ、微かに紅潮しているが、穏やかな顔に戻っている。
さっきあれほどの狼藉とも言える行為を受けながら、また汚れ無き眠り姫に
戻っている。
志貴の動きが止まった。
一瞬の煩悶。
そして手がまた動き出す。
ベルトをはめ直す動作へと
「眠っている翡翠の体を玩具にするような真似は、出来ないよな、これ以上は」
無念の表情とちぐはぐに、口にした言葉の調子は平静だった。
そして自分の言葉に頷いて見せ、志貴はふっと笑った。
股間を膨らませたまま、ジッパーを上げてしまう。
そして翡翠に近寄る。
「ごめんね、翡翠」
聞いてはいないのを知っていても、言葉として謝る。
何をされたのかわからないであろうが、謝罪をする。
もちろん翡翠は志貴の言葉を受入も否定もしない。
だが、恋人の存在を眠ったままで感じたのだろうか。
「志貴さま……」
いなくなった傍らの恋人を求めるように、翡翠が手を宙にふらふらと動かし
た。
「ここにいるよ」
答えて、志貴は手を握った。
小さな柔らかい翡翠の手を、宝物であるようにそっと握り締める。
翡翠の顔が喜びの笑みを浮かべたように見えた。
それだけで志貴の心に言いようの無い幸福感が浮かぶ。
ああ、やっぱり欲望の虜にならなくて良かった。
そう思い、心からの安堵すら志貴は感じていた。
「でも、そろそろ起きて、俺を見て欲しいな」
翡翠に被さるようにして、志貴は顔を寄せた。
さっきとは違う、ゆっくりとした動き。
唇を優しく押し付ける。
数秒、ただ触れ合わせるだけのくちづけを続ける。
そして、近づいた時と同じようにゆっくりと唇を離し、そのまま翡翠の耳へ
近づける。
耳元で囁く。
優しく、翡翠への思いを込めて。
「起きる時間だよ、俺の可愛い……、翡翠」
今度は起きる。
不思議な確信。
はたして、翡翠は志貴のくちづけに応えた。
まぶたが微かに動く。
起きるんだ、志貴は気配を察した。
すっと姿勢を正して、翡翠に対した。
何とも言えない喜びが胸に広がる。
恋する者に向ける、言いがたい熱意を持った視線の強さ。
―――志貴さまのお目覚めを待つのは、わたしの……喜びです。
前に頬を染めて語っていた翡翠の言葉が志貴にはよくわかった。
確かに、言いがたい喜びが湧き上がり、器を溢れてこぼれ出しそう。
わくわくと志貴は翡翠を見守った。
まぶた。
頬。
口。
翡翠の変化を少しも見逃すまいとする。
そして―――
眠り姫のまぶたがゆっくりと……。
Fin
―――あとがき
意外と難産しました純愛翡翠SSです。
とりあえず、粘液まみれとか、特殊性のある行為とか、情欲の限りを尽くし
てとか、そういうのは抑えて書きました。それはそれで純愛の行為となりうる
とは思いますけど。
ただ、どうにも18禁方向に行き難く、むしろ、一般向けとして構成した方
が、首尾一貫するような気もするなと思ったり。
薄エロだなあとは自覚しているのですが、翡翠の寝姿に欲情して、そのまま
最後までという、ネクロフィリアな香り漂うお話もどうかと思い、中途半端に
終わっております。
翡翠で純愛となると、志貴にもそれ相応の初々しさを持って貰わないといけ
ませんしね。
結構随分な事をしている気もしますけど。
なお、作中では曖昧にしていますが、これは翡翠シナリオに基づいておりま
せん。かといって、シエルやアルクェイドのグッドエンド後でもなく、さりと
てハーレムルートでもない(そもそも公式には存在しませんが……)。
実は誰とも結ばれずに本編が終わったルートのさらに後を勝手に設定してい
ます。そうでもしないと、書けなかったので。
次があるなら、もう少しエロに特化して書いてみたいものですが、純愛……、
難易度高いです。
お読みいただき、ありがとうございました。
by しにを(2003/11/10)
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