いつの間にか、日は暮れようとしていた。
夕日が窓から射し込む中、シエルと志貴は二人とも言葉少なであった。志貴
は書斎の椅子に座り、秋葉と琥珀のことに頭を悩ませている。シエルは腕を組
んだまま志貴の側におり、口を開くことも稀だった。
志貴が戻ってきてから始まった書斎の捜索では、貴重な情報を発掘すること
には成功した。だが、その事実の導き出され結果とというのは残酷な物であり、
秋葉を救い出せる可能性の少なさに、暗然たる思いに包まれる。
そう、秋葉が吸血行為と遠野寄りに苦しまされているのは、自分のせいだ――
そんな自責の念が志貴の中に混じり、時間も忘れて深い物思いの中に沈んでいた。
窓の外の木立が書斎の中に長い影を投げる中、二人は廊下の方から慌ただし
げな足音が迫ってくるのを聞き取った。
「……どうかしたのかな?先輩」
「分かりませんけど、こっちに来ているみたいですね」
そう二人が話し合っていると、足音は書斎の前にまでやって来て止まり、そ
の代わりに強いノックの音が扉から鳴る。
「志貴さま!こちらですか!」
それは、いつにもなく焦った翡翠の声であった。
感情を高ぶらせることの少ない翡翠のこの声に、ともすると自分の考えに落
ち込みがちであった志貴は現実に引き戻される。
「どうした翡翠?入って良いぞ」
志貴がそう扉の外に告げるのを聞き、シエルは志貴の元から距離を置く。志
貴はそんなシエルの素振りをちらりと見たが、息込んで扉の中に駆け込んでき
た翡翠に瞠目する。
「ひ、翡翠?どうした!」
「あ、秋葉さまが……お部屋にいらっしゃいません!」
その言葉を翡翠から告げられた瞬間に、志貴は革の椅子を蹴って立ち上がっ
た。シエルも姿勢を崩し、僅かに屈んでその言葉に聞き入る。
「午餐前の診察で時南先生がいらっしゃったときには、秋葉さまのお部屋はも
ぬけの殻でした……それに、一緒にいたはずの姉さんも居ません」
「……思ったより、進行が早かったということですね」
翡翠の言葉を聞いて、苦しげにシエルがぼそりと呟く。その言葉を聞き逃す
志貴ではなく、翡翠の方から背後のシエルに向き直った。
シエルの顔はいつもの『先輩』の顔ではなく、あの教会に属していた頃に見
せた冷たく真剣な顔になっていた。
「先輩、それって……」
「琥珀さんと秋葉さんを二人っきりにさせておいたのが、裏目に出ました。お
そらくは、秋葉さんは症状が進行しすぎて琥珀さんだけでは足りなくなったの
かも、しれません」
シエルの言葉は重い。その言葉の意味する所に、志貴は打ちひしがれる思い
であった。まだ先のことだとおもった運命の瞬間は、かくも急いてやって来て
しまったのかと知ると、泣き出したいような苦しみに駆られる。
――もう、妹の秋葉は戻ってこないのかも知れない。
そんな絶望的な考えを、志貴は急いでうち捨てる。希望を失っては解決する
物も解決できない、しっかりしろ、自分!と己を叱りつける志貴。
「じゃぁ、秋葉は……」
「外に……血を求めて出ていったのかも知れません」
シエルの言葉に居ても立っても居られない志貴は、すぐにもこの場を立って
町中に秋葉を探しに行く素振りを見せている。そんな志貴に、シエルは短く告げる。
「遠野くん、お願いです。秋葉さんを探して下さい、今ならまだ間に合うかも
知れません……私と翡翠さんで琥珀さんを捜します」
「わかった、先輩……秋葉を連れ戻してくる」
シエルにそう告げると、志貴は小走りに書斎から走り出ていく。不安そうな
翡翠に見送られ、志貴の姿は廊下に消えていく。シエルは生硬な表情で志貴を
送り、おろおろしている翡翠の手を引いた。
志貴が遠ざかったのを確認すると、シエルは翡翠に小声で話しかける。
「翡翠さん、秋葉さんのことは遠野くんに任せましょう」
「シエル……さん?」
「……困ったことになりました。あなたのお姉さんの琥珀さんを、遠野くんは
止められません。逆に、私も秋葉さんを止められない。逆でもうまくいくか分
からない、分の悪い勝負です」
その言葉を聞き、翡翠ははっとして身を翻す。翡翠の顔は、不安と焦慮で泣
き出しそうであったが、シエルの言葉を聞くとその言葉の意味を考え、疑念の
色を浮かべてシエルを見つめる。
シエルの目は、そんな翡翠の表情を察すると先回りして答え始める。
「……翡翠さん、あなたは琥珀さんの所行を知っていたのですね」
「……」
「分かります。それに、あなたは琥珀さんの……真意を知っていたのですね」
翡翠は答えない。
ただ青ざめた表情で顎を引き、頷く。そして、吐き出す息の中から細く漏
れ出る翡翠の問い。
「志貴さまは、ご存じなのですか……姉さんのことを」
翡翠の問いを前にシエルは頭を振った。
その答えを知り、今度は翡翠がシエルにくってかかる。翡翠はシエルの胸元
に掴みかからりかねない勢いで問い返す。
「どうして……!」
「遠野くんは、秋葉さんのことで頭が一杯です。
もし、今琥珀さんのことを教えると、遠野くんは秋葉さんと琥珀さんとの間
で板挟みになってになってどっちを優先するかを悩み始めるでしょう。そうな
ると、助けられるものも助けられなくなります……でも、まったく」
そこまで言うと、シエルは困ったように相好を崩した。
「妹さんを思うほどに、私や翡翠さんのことも想ってくれればいいんですけど
ね、まったく遠野くんったら罪作りな男の子ですよ」
(To Be Continued....)
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