志貴は制服のまま街を走っていた。
 翡翠の言葉を受けて館を飛び出た志貴には、普段着に着替えるという考えも
なかった。ただ、一刻も早く秋葉を連れ戻さないと、事態は取り返しがつかな
くなると言う不安と焦りに駆られ、街の中に秋葉の姿を探す。

 学生服のまま街を血走った目で走り回る志貴は、街の中では人目に付きやす
い存在であった。時には前にいる通行人を突き飛ばしかねない勢いで走ってい
く志貴は、時には文句や罵声を浴びていたが、本人はそんなことは耳に入って
いなかった。

 早く、秋葉を探さないと――

 志貴の足は表通りを大方探し終えていたが、目指す秋葉の姿はない。日はす
でに西の空に落ちかけている。膝に手を付き荒い息をする志貴は、迫り来るタ
イムリミットを前になんとか己の頭を動かして秋葉の居所を考える。

 道行く人々が、歩道の真ん中で屈んで荒い息をする志貴を奇異の瞳で眺め、
遠巻きにして通り過ぎて行く。志貴は、ぽたりぽたりと汗を垂らしながら必死
に考える。

 秋葉の行動は、もう一人の女子校生として考えるのは止めよう。

 今の秋葉は、吸血鬼として動いている。そう考えれば、何処にいるのかは自
明ではないのか?狩り場である人間の多い街の中で、人の寄りつかないところ。
理想は他人の接近が分かるように風通しが良く見通しが利くが、他の人間に気
が付かれない場所。

 だが、そんな野生肉食獣の巣でも作れそうなの都合のいい場所があるとは思
えない。それに、獲物を捕らえても長い時間動きすぎると誰かに見つかる恐れ
がある。すると、一番可能性がありそうなのは――あの場所か。

 志貴は息切れする身体を駆って走り出す。歩道の脇から裏の小路に入り込み、
積まれた空きケースやダンボール、ゴミ袋などの散らばる迷路のような裏道を
走り、たどり着いたのは――

 ビルとビルに囲まれた袋小路。この街の迷路の奥底。
 すでに低くなってしまった夕日は、この広間を囲むビルの西側の上に朱色の
印を付けているだけであった。袋小路の中では、すでに夜の闇が忍び込みつつ
ある。

 そして、その真ん中に、求めるべき者がいた。

「……秋葉」

 袋小路の真ん中には、普段着の秋葉が立っている。秋葉の黒い髪が闇の中に
溶け込む――はずだったが、それを見た志貴は言葉を失う。

 ――これが、遠野の血なのか。

 秋葉の髪は、紅く変じていた。まるで、血によって染め抜いてしまったかの
ような赤。遠野の狂気と破壊を体現する色。紅い髪をした秋葉は、片手に何か
をぶら下げている。

 地面の上には何かが倒れていて、その片腕をまるで縫いぐるみでも持つかの
ように秋葉は掴んでいる。闇に紛れ込みがちなその何かを凝視した志貴は、何
と言っていいのか分からなかった。

 それは、女性だった。黒髪のショートカットで、顔は地面にうつぶせになっ
ているので分からない。歳は二十歳前だろうか?地面の上にぐったりと倒れて
おり、生きているのか死んでいるのかは分からない。だた、秋葉に握られた腕
の指はぐったりと垂れており、意識はすでに失われているようだった。

 赤髪の秋葉は、志貴に背を向けてしばらくは立ち尽くしていた。志貴の足音
と声を聞き、ゆっくりと優雅に振り返る。
 秋葉の顔は、あくまでも涼やかであった。

「あら、兄さん、どうなさったんですか?」

 そんな秋葉の姿に、志貴はどういう言葉を掛ければいいのか分からなかった。
秋葉は片手に握っていた女性の腕をさも飽きた、とでも言いたそうに離すと、
ぴたん、と肉が地面を叩く音が鳴る。

 志貴はごくり、と唾を飲む。思わず自分の腕がズボンのポケットをさわり、
その中に隠されたナイフを探ってしまう。

「秋葉……何やってるんだ……家に帰ろう……」

 かすれかすれにこう言うのが、志貴の精一杯の出来ることであった。紅い髪
の秋葉はごく穏やかに構えているが、その姿の発する禍々しい気配に志貴は気
圧されている。ともすると、自分の中のもう一個の人格である「七夜志貴」が
目覚めかねないほどの、いつもの秋葉にあるまじき異形の雰囲気。

 秋葉は僅かに足をずらして姿勢を変えると、志貴に向き直る。

「……兄さん、何をのんびりしたことを言っているんですか?この光景を見て、
兄さんはなんと考えておられるのです?」

 怒っているようだが、その実は志貴を挑発する秋葉の冷たい声。志貴は秋葉
から地面の上に倒れる女性に目を向ける。
 相変わらず、その女性は身動き一つしない。この状況が物語る秋葉の行為は
たった一つしかない。

 秋葉は、無辜の人間を襲って吸血行為を行っている。
 認めたくはないが、これが事実というものか――

「秋葉、まだ今なら何とかなる……だから、帰ろう」
「……帰って、どうするというのです?」

 秋葉にそう問いつめられると、志貴はまたしても声を失う。
 確かに、今の秋葉をどうする、という次の手は志貴にはない。もはや秋葉は
遠野寄りに変じてしまっており、どのような手段をとれば元の秋葉に戻るのか
は推測も付かない。

 秋葉はそんな頼りない志貴に苛立ちを感じ、腕を組んで畳みかける。

「兄さんはご存じなのですか?私がどうなってしまったのかを」
「……親父の書き置きにあった、『遠野寄り』なのか……」
「……ご存じなのですね。それでは説明する手間が省けます」

 あくまで秋葉は落ち着いていた。秋葉はやっと息が落ち着いてきた志貴の様
子を見つめていたが、つと思いついたように目線を空に向ける。袋小路の上に
切り抜いたように浮かぶ空は、すでに夜の蒼と黒に染められ、僅かな星が浮か
んでいる。

 秋葉は空を眺めて無言だった。そんな秋葉の冷たく硬い顔が、ふ、と緩んだ。

「やっと兄さん、私のことを振り向いて下さいましたね」

(To Be Continued....)