「あー、秋葉、悪い。言ってなかったな……シエル先輩は教会を辞めることに
なった」

 そう、新たな事実を提示された秋葉は鼻白む思いであった。
 秋葉にとってのシエルの姿というのは学校で接することが無い分、あの物騒
な法衣姿のそれであった。それが教会を辞める、と言われてもなんとなく実感
が沸かない。

 僅かに自分に掛かる圧力が和らいだことを知ると、今度は志貴が反撃に移る。

「え?」
「先輩は実は教会には遺恨含みで、今回の一件を期に教会を辞めてこっちに落
ち着くことになったんだ。で、そうなると当面シエル先輩には仕事と住居が無
くなるわけで、俺としてもあれほど世話になったシエル先輩に何とかして上げ
たいと思うんだ」

 それだけじゃないでしょう、兄さん――と秋葉は言いたかったが、つい気迫
に押され言い出せなかった。確かに志貴の言うことも一分の理はある。
 吸血鬼ロアの戦いのことを後で聞けば、シエルやアルクェイドの存在がなけ
れば志貴のみならず、この町自体が壊滅する恐れがあったと秋葉は知っていた。

 自分も兄を心配して夜の町を彷徨うことがあったが、まさかあれほどの事態
になっていたとは思わなかった。秋葉はそのことを考えるとつい、シエルへの
恩義を口にする志貴への言葉に窮してしまう。

「それは兄さん、そうかも知れませんが……でも、それとこれとは……」

 確かにこの遠野の屋敷は秋葉が久我峰や刀崎の面々を追い払ってしまったた
めに、空き部屋と言うことであれば大量にある。たしかに、それを貸すという
のは不可能ではないのだが――

 やはり、兄の恋人であるシエルがやってくるというのが秋葉には承伏しかね
るところだった。自分は妹で志貴は兄、それ以上ではない――と秋葉は努めて
思っていたが、やはりシエルの存在は秋葉の心を安らかに出来ない。

 志貴は、そんな秋葉の前に手を合わせて拝む姿勢を取る。

「頼む。秋葉、この通りだ――」

 そう言って目の前で頭を下げる志貴の姿を、秋葉は困り果てた表情で眺める
ばかりであった。こうやって志貴に頭を下げられては断りにくいし、また無碍
に断ると自分がシエルに嫉妬しているように思われるかも知れない。でも、あ
の女と志貴が一緒に恋人同士として暮らすのを見るのは、やはり――

 そんな思考の袋小路に陥った秋葉も、ぐしゅぐしゅと返答を口の中で濁して
しまう。志貴は伏し拝んだままであるし、秋葉も視線をふらふらと彷徨わせて
落ち着きがない。ただ、涼しい顔で静かに琥珀が佇むのみである。

 秋葉は、助けを求めるように背後の琥珀を振り返る。
 その仕草に気がついた琥珀は、僅かに頷いて秋葉の元に寄る。

 失礼します、秋葉さま――と琥珀は小さく告げてから、秋葉の耳に口を寄せ
て何事かを耳打ちする。志貴の位置からだとその内容が聞こえないが、ただ、
話が進んで行くにつれて、秋葉の顔色が面白いように変わっていくのが見て取
れた。

 まず、秋葉の面に浮かんだのは驚愕の表情だった。そして、話が進んでいく
と納得の表情になり、二三頷いたかと思うと、あのいつもの余裕に満ちた秋葉
の顔に戻っていた。

 ――琥珀さん、一体何を……
 そう不思議に思った志貴ではあるが、とりあえずは琥珀の助言を受けた秋葉
の次の台詞を待つしかない。

 秋葉は俄に落ち着きと余裕を取り戻し、椅子に深く腰掛ける。

「兄さん、一つ伺ってよろしいですか?」
「なんでも」
「シエルさんは……卒業後にお仕事は決定されてるのですか?」

 秋葉の発言の意図は分からない志貴ではあったが、とりあえず昨日のシエル
との会話を思い出す。あの話し口から言うと、バイトは何も決まっていないん
だろう。

 いや、決まってないと思う――そう志貴が告げると、秋葉が満足そうに頷いた。

「兄さん、兄さんのお話をお受けしてもよろしいです。でも、その代わりと言っ
ては何ですが……私の方からも、シエルさんに一つお話がありますの」

 秋葉が折れた――そう思うと、志貴はテーブルに乗り出さんがばかりにして
秋葉の言葉を待ち受ける。これで、シエル先輩と一緒に暮らせる!そう思うと
今にも踊り出したい心地であった。

 だが、この秋葉の笑みにも不吉な予感がするのだが

「シエルさんがこの屋敷にいらっしゃるのであれば、過日のご恩として一緒に
お仕事もご紹介差し上げたいと思います。そう、そのお仕事はこの屋敷の中で
出来るものですわ」

 そう言ってうっすら微笑む秋葉の姿に、志貴は不安を覚えずにはいられない。
 秋葉が何を言い出すのか、次の言葉を息をのんで待つ。

「……つまり、この屋敷で住み込みのハウスキーパー、つまりメイドになって
いただく、と言うことです。この屋敷も琥珀と翡翠の二人だけで管理するのは
何かと苦労が多いことですし、もし使用人であればこの屋敷の中に住み込んで
もおかしくない……名案でしょう?兄さん?」

 その言葉の意味することを知って、志貴の背中に冷や汗が流れる。

 つまり、琥珀さんや翡翠のように住み込みのメイドとしてこの屋敷の中で働
くのならいい、というのが秋葉の趣旨であった。
 たしかに、それならば住み込みでも問題はないのであろうが、しかしそうな
ると志貴も遠野家の雇い主として先輩を召し使うことになる――
 
 そ、そんな馬鹿な!志貴は叫びたかった。

「ああああ、秋葉っ!」
「何を慌ててるんです?兄さんも面目が立ちますし、シエルさんはお仕事と住
まいが得られますし、私も信頼のおける使用人を雇える。どこにも損のない素
敵なお話じゃありませんか?
 兄さん、私のお話をお聞き入れいただけないのであれば、この話はなかった
ことにさせていただきます」

 ぴしゃり、と秋葉が志貴に言いつける。
 まさに、勝負ありの瞬間だった。志貴の都合の良い話を、逆手にとって秋葉
は一本を喰らわせたのである。

 秋葉にとっては、兄である志貴の恋人が同居する、というのは耐え難い事態
であるが、それを逆に使用人として召し使うのであれば、溜飲も下がるという
ものである。いや、むしろこの話を実現させたくて堪らなさそうな色すらも、
今の秋葉の顔色からは伺われる。

 志貴の目が、秋葉に献策した琥珀に救いを求めるが――

「あのシエルさんと一緒にお仕事できるなんて、素敵ですねー。志貴さま、お
料理上手なんですか?シエルさんって?」

 にこにこ笑いながら答える志貴は、今のこの状況に救いがどこにもないこと
を知って愕然とする。

 恐らく琥珀は、この提案を恐らく善意から秋葉にしたに違いない。それが、
秋葉の中では悪意によって完成してしまった――両方とも無意識下の連携だけ
あって、志貴には二人の作戦に付け入る隙が見られない。

 そんな、シエル先輩にこの事をどう言ったらいいんだ――志貴は頭を抱えこ
みたい思いに駆られていた。
 

(To Be Continued....)