「兄さん、最近不思議だと思ったことはありません?」
食堂で向かい合って摂る夕食の席で、秋葉は怪訝そうに眉をひそめてそう志
貴に話しかける。志貴はスプーンを握ったまま、うん?と答える。琥珀と翡翠
が控える中でこうやって摂る夕食が、遠野家の光景として根付いてかなりの時
間が経ったが、最近はどうもおかしな事になっている、と志貴にも薄々気が付
いていた。
それは、食卓の模様――というより、純粋に夕食の献立の問題であった。
「ん?なんだ、秋葉?」
「なんで……何でここのところずーっとカレーばかり食べているのかというこ
とです。おかしいとは思いませんか、なぜ二週間ずっと夕食のみならず、朝食
にもカレーが出てくるのか?ということを兄さんは不思議に思ったことはない
んですか?」
洗脳探偵翡翠 v.s. ファントム・オブ・カレー
阿羅本
〈第一話 黄色い挑戦状〉
謂われてみればそうであった。実際、今の食卓の上にも、白い皿に盛られた
真っ白な炊き立てのご飯と、それの上に掛かった黄金色の美味しそうな薫りを
放つカレールー、それに付け合わせの刻みラッキョウと福神漬けの彩りも鮮や
かな、見事なカレーが盛りつけられている。
確かに時々食べるカレーは堪らないものがあるが、二週間連続で食べるカレー
というのは流石に食傷する。志貴もそれを不思議に思っていたところであった。
とりあえずカレーのご飯をルーの中にスプーンで崩して口の中に送り込みつ
つ、志貴は思ったことを口にする。
「……やっぱり秋葉もそう思ったか。いや、俺は秋葉がカレーを食べたがって
いるのだとばかり……」
「何を言っているんです兄さん、私は兄さんが琥珀にカレーばかり作らせてい
るのだと思って、今までそれに疑問を差し挟まなかったのですが……琥珀、こ
れはどう言うことなの!?」
そう秋葉に詰問された琥珀は、はぁ、こまりましたねぇー、という顔をして
小首を傾げ、なんとか弁明の言葉を探していた様であったが、そのまま少し困っ
たような顔で秋葉に答える。
「はぁその、秋葉さま……私も不思議に思っていたんですよー」
「……?それ、どう言うこと?琥珀?」
「えーっと、そのー……私が料理をしていると、気が付くとカレーになっちゃ
うんですよー。
たとえば、お鍋でポトフを煮ていますよね、で、ちょっと目を離すとそれが
カレールーになっちゃったり、炊いた覚えがないのに炊飯器にほかほかの白い
ご飯が入っていたり、この前なんか、御味噌汁をカレーにされちゃった事もあ
るんですよー」
でも、お味噌が隠し味のカレーというのは新境地でした、お醤油を入れるの
はあるんですけどねー、と琥珀は付け加える。カレーの味付けは卵とソースを
入れるのが王道ではないのか?などと聞きたくなる志貴ではあったが、ぐっと
こらえて琥珀に聞き返す。
「……じゃぁ、料理が意志に反して勝手にカレーになっちゃう?って」
「どちらかというと、誰かによってカレーにされてしまっている、というのが
正しいところなんですけど、だからといって捨てるわけにも行かないので秋葉
さまと志貴さまに、と……申し訳有りません、もしかしてカレー、お嫌いでした?」
話の展開に着いていけない秋葉は、スプーンを握りしめたままぽかーん、と
している。と、言うより普通、琥珀からこんな内容の話を聞かされれば、自分
は馬鹿にされているのか、あるいは全く知らない世界の道理が勝手に自分の周
りで施工され始めたのか?などと呆気にとられるのが普通であろう。
志貴が、そんな訳の分からないことを聞く琥珀に、何とか答える。
「いや、嫌いじゃないけど……しかし、どうしてカレーなんだ?」
「申し上げにくいことなのですが、志貴さま……このようなモノが今日、郵便
受けに投函されておりました」
今まで話に参加していなかった翡翠がすすす、とテーブルに寄って、エプロ
ンのポケットに入っていた一通の封筒をテーブルの上に差し出す。志貴はその
白い封筒を翡翠から受け取ると、軽く封筒の匂いを確かめる。
封筒からはターメリックとタイムの薫りがした。そして、白い封筒を開き、
中に織り込まれていた一通の手紙を広げる。筆跡は女性のモノとおぼしく、軽
い筆圧でなめらかに書かれた文字がこう、踊っていた。
『ファントム・オブ・カレー 推参。
遠野家の一同よ、いくら足掻こうが我が術策の前では無策であり、いずれ黄
色いスパイスの桃源郷に漂うのだ。覚悟召されよ』
その文字を確認した後、思わず志貴は眼鏡をはずして目をごしごし擦ってか
ら、もう一度眼鏡を掛けてその文字を見直す。この、あまりにも破天荒な手紙
の内容を目にして、志貴は自分の目がおかしくなったのか?と思ったのだが、
その予想は外れた。
おかしいのは、明らかに手紙の内容であった。というより、正気の内容とは
思えない。おまけに、挑戦状みたいなこの書き方は一体――
「これは……奴の挑戦状です。志貴さま」
「すまない、翡翠……この、ファントム・オブ・カレーって……誰?」
「怖いわ翡翠ちゃん……あの悪鬼のようなファントム・オブ・カレーに狙われ
た、か弱い私たちどうすればいいのっ!」
「安心して下さい、志貴さま……この洗脳探偵翡翠の名に賭けて、黄色い悪魔、
ファントム・オブ・カレーを必ずや引っ捕らえて見せます!」
だから、ファントム・オブ・カレーはともかく、その洗脳探偵翡翠ってのも
何?という志貴の疑問は脇に押しやられ、いつにもなく拳を握った翡翠がメイ
ド服も凛々しく熱血し、その腕に琥珀が頼りなさそうにもたれかかっている。
ちなみに疑問を抱えたまま何の解決もないの志貴はまだ良い方であった。
秋葉に至っては、スプーンをくわえたまま唖然としているだけである。
〈次回予告〉
黄色い陰謀を巡らせるスパイスの悪魔、ファントム・オブ・カレー。日本各
地で多くの無辜の家庭をカレー地獄に叩き込んだ、恐怖の存在の前に震え上が
る遠野家の面々。だが、洗脳探偵翡翠はその挑戦を果敢に受け止める――息詰
まる戦いがこうして始まった!!
『洗脳探偵翡翠 第2話 寸胴鍋の悪魔』
乞うご期待!!
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