練馬
あの、タタリの晩から数週間が経っていた。
俺は今、因縁深きシュラインのエレベーターに再び乗っている。あの時はシオンと一緒だったが、今日は秋葉と琥珀さんが俺の両隣に立っていた。
息苦しい。俺は、慣れないネクタイを少し緩めた。今日の俺の格好は、いつもの学生服ではない。このままマントを羽織れば、いつか深夜放送で見たB級ホラー映画のドラキュラのコスプレが出来そうな服を着ていた。
電子的なアナウンスが、エレベーターが最上階に到着した事を知らせた。
扉が開けば、祭りの始まりだ。会場の入り口には、看板が掲げられていた。
『シュライン 完成記念式典』
まさか、来賓としてシュラインを訪れるとは思わなかった。遠野家は町一番の名士なのだから、招待されないと思う方がどうかしていたのだが。
俺を追い抜く瞬間、秋葉が俺に囁いた。
「兄さん、右手と右足を一緒に出さないで下さい」
そう言われた俺は、慌てて右手を引っ込めて左手を前に出した。緊張するなと言われても、どうしようもない。こういう社交界の場は、遠野家に戻って来て一年経っても俺は全然慣れなかったのだ。それでも、今回の式典は一族の新年会よりも小規模だったのだが。
改めてネクタイを締め直した俺は、受付に向かう秋葉を追いかけた。琥珀さんも、俺に並んで歩いている。本当は出席したくなかった俺は、譲歩案として彼女に同行して貰ったのだ。やはり知った顔が隣にいると、少しは気が休まる。今日の琥珀さんは、エプロンが無いだけでいつもの格好と大差ない。一応、いつもよりもいい生地を使っている和服らしいが、俺には綿と絹の区別も付かない。
翡翠は、人込みが苦手なので屋敷で留守番している。後で、それで良かったと思う事になるのを、今の俺には知る由もなかった。
受付でサインを終えて会場に入ると、既に町長だか市長だかがスピーチをしている最中だった。出来るだけおとなしくしていようと、俺は壁沿いに会場の中を進んだ。
「この会場も、変われば変わるものだな」
あの時は柱しか完成していなかったから当然といえばそれまでだが、様式の異なる二種類の柱が破綻することなく見事に調和している内装は、あの夜の異世界みたいな光景とは別物だった。
天井を見上げると、ルネッサンス様式の天井画が黒雲に覆われていた。
「え?」
火事だった。天井に巧みに隠されていたエアダクトから、煙が出ているのだ。
「おかしいわね」
やはり異変に気づいて俺の隣に来ていた秋葉が、首をひねった。なんでも、エアダクトには必ず防煙装置を取り付ける事が法的に義務づけられているので、煙がダクトから流出したりスパイがダクトの中を進んだりするのは有り得ないそうだ。ましてやシュラインは完成したばかりだ。
「きっと、欠陥工事なのですね」
あっさりと、琥珀さんは恐れている事を口にした。既に、会場の中も騒がしくなっていた。入口も非常口もかなり混雑している。しかも、非常口にはまだ片付けていない建築資材が山積みになっていて、避難を妨げていた。
そういえば、非常べルも全然鳴っていない。どうやら防災システムも完成していないのに、見切り発車で式典を開いたらしい。これでは、スプリンクラーが動作するかもあやしいモノだ。
「なんて、いいかげんな」
秋葉も、シュラインの杜撰な裏側にあきれていた。
この程度の危機、遠野家にとっては大した事ではないとはいえ、そろそろ逃げる必要があった。出火した階は判らないが、既にこの階まで火は回り始めていた。
「どうやら、助けを呼ぶ必要がありますね」
そう言うと、琥珀さんは何時の間にか手にしていた箒を高く掲げた。
「メカ翡翠ちゃん、カムヒア!」
「何ぃ?」
メカ翡翠だって? あれはタタリの夜だけの存在だと思ったら、本当に完成していたのか。
僅か数秒で、メカ翡翠が会場まで飛んできた。壁をぶち壊して。
「琥珀、あんなキルボットが助けになるの?」
秋葉の突っ込みも尤もだ。逃げ遅れていた人達も、唖然とした顔でメカ翡翠を遠巻きに見ていた。
「大丈夫です。メカ翡翠ちゃんには、ちゃんと消火装置も内蔵されています。さあ、あの火事をチャッチャッと消しなさい」
「マ゛ッ」
琥珀さんの命令に頷くと、メカ翡翠は炎の前まで立ちはだかり……スカートを捲り上げた。
チョロチョロチョロ……
「え?」
俺は、目が点になった。メカ翡翠は、股間から水を噴出して火を消し始めたのだ。パンツも履いていないのはロボットだからまだいいとして、どうしてあんな場所から水を出す必要があるのか?
「琥珀! あの程度の水で、本当に火事が消せると思っているの?」
秋葉、突っ込むべき所はそこじゃないよ。
「そうですよね。やっぱり、数がいりますよね」
チカッ!
メカ翡翠の指先が、輝いた。
「ま、まさか……」
その、まさかだ。
量産型メカ翡翠が、次々と壁をぶち壊して飛び込んできた。どうして、最初に出来た穴から突入しないのだコイツラは?
全てのメカ翡翠を投入したらしくて、青や緑の髪の毛のメカ翡翠も混じっていた。それどころか、見覚えのないオレンジブラウンの髪の毛のメカ翡翠までいた。
既に会場に残っていたのは、手段と目的の区別がつかなくなっていた琥珀さんと俺たちだけになっていた。
「さあ、火を消すのよ!」
「マ゛ッ!」×およそ100
チョロチョロチョロ……×およそ100
メカ翡翠が一斉に放水を開始した。さすがにこの規模でやると、バカバカしいのを通り越して壮観になってきた。
「ねえ琥珀さん、何か臭ってこない? メカ翡翠が吹き出している水って、何か消化剤でも混じっているの?」
俺の質問に、何が面白いのか琥珀さんはクスクス笑い出した。
「違いますよ。アレは、アンモニア臭です」
「何?」
「翡翠ちゃんが以前、時南先生に健康診断して貰った時の検尿のデーターを元に、ナニからナニまで本物そっくりにコピーしたんです」
「ちょっと、それってまずくない?」
「大丈夫ですよ。翡翠ちゃんはタンパクも糖分も基準値以内でしたから」
いや。俺が心配しているのはそっちじゃなくて……。
「兄さん、火が弱まって来ましたよ」
数で攻めたお陰か、火事は鎮火の兆しを見せてきた。
「ここまで来たら、あと一歩です。えい、レベル3っ!」
突然、琥珀さんが秋葉の首に注射を打った。秋葉が天井を突き破る程に巨大化したのは、言うまでもない。
「一体、これはどういうつもり?」
「数の次は、量で攻めるんですよ」
質で攻める気はないんですか? 琥珀さん。
「さあ秋葉さま。あの火を消して下さい!」
「消火栓だって壁にあるのに、そんな事どうして私がしなきゃいけないのよ! どうせ、薬の効果は永くないんでしょ」
「それは、今までのまききゅーXです。今度のまききゅーXは改良型で、薬をお小水と一緒に体外に放出しない限り戻りませんよ」
「なんですってっ!」
秋葉の顔が怒りで真っ赤になった。
「くっ。仕方がありません。兄さんは、見ないで下さいね」
言われるまでもなく、俺と琥珀さんは会場の外に避難していた。何しろあの巨体だ。量だってハンパじゃないだろう。
ドドドドド! ザッパーン!
あの巨体から発せられた奔流は、アスワンハイダムの放水のような激音を発していた。勿論、そんな恐るべき音を耳にして振り向く度胸など俺には無い。
大量の金色の液体が会場の壁の穴からあふれ出して、ずぶ濡れになったシュレインは完全に鎮火した。
俺達は、恐る恐ると非常口から会場に戻って来た。
「うっぷ」
やっぱり、この臭いはきついよ。眼鏡を外した俺は、臭気を殺して突き進んだ。
「何かの映画みたいに、綺麗に消えちゃいましたね」
琥珀さんは、陽気に笑っていた。
秋葉はといえば、髪を赤くして怒っていた。その手には、何故か消火栓から伸びるホースが握られていた。
「映画といえば、私も一つ心当たりがあります」
秋葉は、ホースを琥珀さんに巻きつけた。
「ど、どうしてその映画をっ!?」
「ルームメイトに連れられて、町に繰り出した時に見た事があるの」
秋葉を止める事など、俺には出来なかった。
次の日、俺は何事も無かったかのように日常生活に戻っていた。
昼休みに食堂でうどんをすすっていると、テレビのニュースが昨日の火事を報道していた。
目撃者の話によると、もうもうと立ち込める煙の隙間から、ビルの屋上に立つ巨人の人影が見えたらしい。ついでに、鋼鉄の翼を生やした少女達が巨人を取り囲んで飛び回っている姿を見た人までいたそうだ。
また、新しい都市伝説が生まれてしまった。
「そういえば、何か大事なことを忘れていたような……」
俺は、画面に映っているシュラインを見て、その大事なことを思い出した。
テレビに、宙吊りになっている琥珀さんが映っていたのだ。
「は、はっくしょんっ!」
いっけねぇ。吊るしっぱなしだった。
<fin>
お久しぶりです、練馬です。
+凸以来の参加ですね。私には、こういう企画がお似合いなのだろうか。
今回私は、誰も予想出来ないキャラにやらせようと考えました。
これでも私は、メカ翡翠が好きだったりします。
感想をいただけたら、幸いです。