|
「しょー・すとーりーず」
作:しにを
#1:飼い猫の躾け方(レン)
ある日、俺の元へレンについての打上げを持って来たのは琥珀さんだった。
少し困り顔での改善の要求。
何だろうと思って聞いていて、次第に汗がにじむ内容だった。
「翡翠ちゃんも多分気づいています。
志貴さんに何も言ってないなら、こっそり始末しているのだと思いますけど
ね。
でも、もしも……」
「秋葉がそんな不始末を目にしたら、か。そうだね、ごめん、迷惑かけた。
なんとかするよ」
「お願いしますね、飼い主さんの義務ですから。
わたしもレンちゃん可愛いので、追い出されたりしたら志貴さんをお恨みし
ますよ」
「はい」
じゃあ、これは持って行きますからと床に丸まっていたタオルケットを手に
して琥珀さんは去って行った。
それに頭を下げる。
そうかあ……。
普段は昼間はおおかた家にいないし、気づかなかったなあ。
考えてみれば、そうかもしれない。レンは外にいる事も多いけど、基本的に
館内の何処かに出没しているものなあ。
俺のベッドにいる事も多いけど、思いがけない処で顔を合わせたりもする。
その辺、好奇心が強かったりするのかもしれない。
それはそれでレンが探究心を満足させたり、居心地良い処で過ごすのは何ら
問題ないけれど、でも―――、
廊下とかお部屋でおしっこしちゃうんですよ、レンちゃん。
なんて真似をさせておく訳にはいかない。
琥珀さんに言われて一種思考停止して、後はひたすら恐縮するしかなかった。
この屋敷には無造作に目の飛び出るほど高価な絨毯が敷かれていたりするし、
翡翠があれほど綺麗に保っている部屋を汚す真似などさせられない。
それに、そんな現場を秋葉がもしも見たら……、凍えそうなほどの寒気がし
た。
レンのマスターとして、きちんと躾をしないといけないな、うん。
「いいかい、レン。大事なお話だよ」
普段はうるさいほどまとわりついても、いて欲しい時には全然姿が見当たら
ないのが飼い猫の特徴だそうだけど、それが実証された。
さんざん屋敷内をぐるぐる回って見つからず、庭や離れに行っても発見でき
ず、夜まで待とうかと思って部屋に戻ったら、ベッドでどうしたのとこちらに
問うような仕草のレンを発見。
頭を撫ぜてやって、とりあえずお話をする。
真面目なお話だから、ちゃんと聞くんだよと話し掛けると、とりあえず頷い
てみせた。
本当の猫なら、粗相をする度に叱り付けてダメだと何度も何度も教え込まな
いといけないのだそうだけど、言葉が通じるだけレンの場合は楽だな。
そんな事を思いながら、ゆっくりと言い聞かせる。
この家の皆はおしっことかの時にはトイレを使っている事。
レンも猫の姿であっても、処構わずにしてはダメな事。
出来れば人間用トイレか設置してある猫用トイレ、あるいは外まで行くかし
て欲しいという事。
そして……。
聞いている…よなあ。
今ひとつ心許ない様子。
そっぽは向かれていないものの、どうにも理解したのかどうかわからない。
「言う事を聞いてくれないと、秋葉とか…って言い方は卑怯だな。
レン、俺もレンが恥ずかしい真似をするのは嫌だな。
レンが無作法な事して笑われたり、怒られて家から出されたりしたら悲しい
よ」
こっちをじっと見るレン。
その瞳には少し理解の色……かな?
もう一度ゆっくりと教える。
わかったかな、そう問うとレンはこくこくと二回頷いた。
頭をぽんぽんとやさしく叩いたり、撫でたりしてやる。
と、少しレンがもじもじとして表情を変えた。
落ち着かない様子。
うん?
砂入れをじっと見つめたりして、あ、もしかして。
「したくなったの?」
こくこく。
「そうか……。うん、ちょうど良いね。それなら、練習してみようか。
ここにするんだよ、わかるかな?」
レンは頷いた。
ベッドからとんと降りる。
そのまま、砂と脱臭剤を敷きつめた四角い箱に向かう。
レン専用のトイレ。
その中央で、レンはおしっこできる格好をした。
座るようなうずくまるような姿。
小さな可愛いお尻が揺れている。
四つん這い。
少し立ち位置を定めるように、うろうろ。
何だか落ち着かない様子。
慣れないモノだからか。
それとも俺がじっとレンがするのを見ているからか。
でも、何とか具合のいい処に落ち着いたらしい。
手足の動きが止まる。
犬ならここで片足上げるんだろうけど。
レンは、四つん這いのままだった。僅かに足が開いて心持ちお尻が落ちる感
じになる。
ぷるぷると小さな震え。
ついつい観察してしまう。
レンの姿ならいくらでも目にしているのに。
隅々まで知っているのに、目が貫くように向けられる。
普段だっこしてあげたり、腕の中でひっくり返したりしているけど、そんな
姿は初めてだからだろう。
こんな時には、そこが排泄器官なんだとあたりまえの事に気づかされたりす
る。
可愛い谷間がぴくぴくと動く。
お腹も震えている。
そして―――。
ちょろちょろろろろ…しゃぁぁぁぁぁ……。
放出の瞬間が見て取れた。
飛沫。
そして細い流れ。
たちまち少し湿り気ある砂に黒い染みが広がり、水溜りに早変わりする。
レンの体だからそんなには出ていない筈だけど、いっぱい迸らせたように目
に映った。
ぴちゅ…ぴちゅ………ぴちゅ…。
数秒の迸りが終わる。
まだ少し残っているのか、ぽたぽたと雫がしたたっている。
座り込むようにお尻が落ちていて、下まで伝わってお尻の穴まで濡れそうに
なっていた。
ぽた…………た……。
止まったかな。
顔を近づけて覗き込む。
少し、濡れ残っていた。
レンがそのまま立ち上がろうとするので、ちょっとそのままでと静止する。
何だろうという不思議顔。
「少しお尻を振ってみて、レン。ええとね、こんな風に上下に」
「……?」
わからぬ様子ながら素直に従う、レン。
体全体が揺れる。
それによって、数滴の雫が跳ねる。
何回かすると、もう飛び散るものはなくなった。
「おしっこをして最後はそうしてね、レン」
こくこく。
レンは了解した。
よし。
でも、まだところどころ濡れているんだよなあ。
ほっとくと腿に垂れたりしないだろうか。
それが慣れっこなら気にもならないんだろうけど。
「レン、もうちょっとだけ待ってね」
ティッシュを取り、おしっこをした部分を拭いた。
軽くぽんぽんと何度か押し当てるようにする。
レンは特に嫌がった様子は見せずにされるまま。
「よし、OK」
レンが立ち上がる。
ちらりと見ると、白い紙に黄色い染みがところどころ広がっていた。
「気持ちいい? そうか……。
じゃあ、レンもしたら紙か何かで拭くといいよ。少し残っちゃうんだろう?」
立ち上がって辺りを見ると、放尿したての異臭はあるけど、外にまで尿滴が
飛び散った様子は無い。
匂いも、少し立てば相殺されるだろう。
「じゃあね、レン。いい子だから、今みたいに人間の姿の時だけでなくて猫の
時になった時もこうやってするんだよ」
リボンを揺らしてレンは頷いた。
素裸のままの自分の股間をじっと見つめて、トイレの砂に目を向ける。
理解の色。
よく出来たねと頭を撫でてやりながら、レンが服を着るのを手伝う。
別にわざわざ全裸になる必要は無かったけど、猫レンの時は服なんて着てい
ないものな。
とりあえず、これで琥珀さんを困らせる事も無くなるだろう。
人間用のトイレでの作法も教えなきゃいけないけど、一度であれこれさせる
のも混乱してしまう。また後で一緒にトイレに入って、教えてあげるからね、
レン。
了
《つづく》
|