止めどなく

 作:しにを





 どうしたんだろう、あいつ。
 しばらくアルクェイドの姿を見ていなかった。
 
 いたらいたで頭が痛くなる事も多いのだけど、今朝は、無性に気になって仕
方なかった。
 ここ数日俺の方が忙しい事もあって、連絡取ったり、訪ねたりとかはしなか
ったけど、いつもなら昼夜を問わず来るなと言っても遠慮なんかしなかったの
に、あいつは。
 まあ、そんな何日も会っていない訳でも……。
 たかだか二日、三日……、いやもっとか。もっとだな。
 一週間は経っていないけど、うーん、やっぱりけっこう来てないな。
 こんなにあいつと顔合わせない事なんて、今までほとんど無かった気がする。
 アルクェイドが何処かへ出掛けたりとかはあったけど、そんな時はあらかじ
め連絡は取っていた。
 何も無くて、こんなに空白が開くのは初めてだな。

 今初めて気にし出した訳ではなくて、ちょっと前にも少し気にはなってたん
だよな。
 もしかして厄介事だろうかと思ってシエル先輩に訊ねて……、特に死徒達の
動きに変化は無いですよと言われて安心してそれっきりだったけど。
 どうせまた嫌でも出没しますよ、ゴキブリみたいなものです。
 潰しても潰しても、どーやったって根絶できないんですから。
 そんな風に先輩も満面の笑顔で言っていたし。

 もしかして、何かアルクェイドを怒らせる真似でもしたかな、とも思い出し
てみる。
 最後に会ったのは……。
 その時に話したのは……。
 特にこれだってのはないよな。
 確か「ばいばい志貴」とか言って手をぶんぶん振って笑顔で帰っていったん
だよな、あいつ。
 うん?
 そう言えば、今度会う時は俺の事びっくりさせるとか言ってたような。
 グッドアイディアがどうとか、何とか。
 それが何か影響するとも……、アルクェイドの考える事だからなあ。
 しかしかれこれ一週間か。

 うーん。
 気になりだすと止まらない。
 ……。
 行ってみるか。
 うじうじ考えるなら、とりあえず行動に移した方が良い。
 昼のパンを齧りながら、そう呟くと少し心が晴れた。
 そして学校が終わり、まっすぐにあいつのマンションに向かった。
 
 



 で、マンションの前。
 窓からは特に変化は覗えない。
 行って早くあいつがいるのかどうか確かめないと。
 逸る気持ちを表わすように、無人の廊下を歩く靴音が響く。
 チャイムを押すが、反応は無し。
 まあ、そうだろうなと少し気落ちしつつ、ドアに手を掛けた。

「あれ?」

 部屋の鍵を取り出す前に、ドアのノブを捻ってみると、予想外にそれは手の
動きに従った。
 ガチャリと音がしてドアが開く。
 少し躊躇。
 このまま完全に開けてしまったら……。
 何か嫌なものを見てしまいそうな予感。

 馬鹿馬鹿しい。
 そもそも、あいつがいるのかいないのか。
 いたら、どうして姿を見せないのか。
 それを知る為にここに来たんだ。
 いなければ、何か書き置きするなりして。
 ドアを大きく開いた。
 ……。
 どうだ?
 うん、何もおかしいものは無い。

「アルクェイド、いるのか?」

 大きく呼ぶ。
 反応を待って十数えてみる。
 返事は無い。
 もう一度、呼ぶ。
 やはり返事は無い。

「おかしいな」

 何か小さな音みたいなものがするのだけど。
 眠っているのか。 
 勝手知ったる何とやらで、部屋に入る。
 特に部屋に異常は無い。
 ちり一つないほど片付いている訳ではないが、一人で住まうには広すぎる程
のスペースと、ほとんど必要最小限の物しか置いていない事があいまってきち
んとして見える。
 アルクェイドはいなかった。
 ベッドは、寝ていた形跡すら無い。
 俺への置き手紙みたいなものも……、無いな。
 たまたま留守にかち合っただけかもしれないけど。

 溜息。
 普通にしているとは思わなかったけど、それで…ん?
 ふと、異常に気づいた。
 異常と言うのは、大袈裟かもしれないけど。
 かすかな異臭。
 少し淀みにも似た。
 あまり、心ときめくような香りではない。
 なんだろう。
 鼻をひくつかせる。

 何処からだろう。
 改めてぐめりと四方を見回す。
 おかしいな。

 …ッタン。

 え、音?
 何かがぶつかったような音。

「なんだ、風呂か?」

 警戒しつつ近寄る。
 まさかとは思うが、不審な……。
 あれ、水音?
 何かの音がしている。
 小さいし、絶え間ない音で、耳に止まらなかったのか。
 そう言えばさっきからその音があったような気もする。

「あれ、アルクェイド、いるのか?」

 ガラス戸の向うに何やら白い人影。
 ほとんどまあるい塊にしか見えないけど、そこはそれ見覚えあるシルエット
と言うか、何とは無くわかる。
 風呂入ってて気づかなかったのか、あいつ?
 でも、あれだけ何度も呼んだんだしなあ。
 しかし、幾らなんでも今は俺に気付いただろう。

「アルクェイド!」

 少し大きめの声。
 うん?
 反応して……、じたばたしている。
 何やっているんだ、あいつ。
 返事は無い。

「アルクェイドなんだろ、開けるからな」
「違うよ、ここにはいないよ、志貴、ダメだってば」

 ……馬鹿?
 間髪入れずに、ノブを引っ張った。
 ガラス戸が大きく開く。

「アルクェイド、いるじゃないか」
「酷いよ、志貴。
 女の子がお風呂にいるのに……」
「え、ああ」

 そう言えば。
 でも、今さらといった感じもしないでもない。 
 いつも、お風呂一緒に入ろうよって誘うのはアルクェイドな訳で。
 体を洗っている筈がそのまま、風呂でもう一回……、え?
 あれ?

「なあ、アルクェイド?」
「なによ」
「それ、何だ?」
「え……、あ、な、何でもないわよ」
「でも、それ。シャワーじゃないよな……」

 浴室のアルクェイド。
 白い肌。
 芸術品もかくやという美しいライン。
 それでいて漂う魅惑的な色香。
 要は、一糸纏わぬ姿。
 入浴中だとすれば当然だろう。
 そして、椅子に腰掛けた姿で、腿をぴたりと閉じ、片手で胸を隠しているの
だろうなあ、あれは。
 とても隠し切れてないけど。
 とにかく、そんな姿で俺に対している。

 一方こちらは、女性の入浴中に闖入、という図式である。
 いろいろ言いたい事はあれど、とにかく無礼を詫びて一端外へ出るべき何だ
ろうけど……。
 疑問が大きくて、俺はそうしなかった。

「……」
「なあ、アルクェイド、どうしたんだ?」

 ちょろちょろちょろ……。

 さっき聞こえた水のこぼれる音、流れる音。
 それが絶え間なく続いていた。
 アルクェイドの座る椅子から止めどなく流れている。

 湯舟のお湯……じゃない。
 シャワーでもないんだよな。
 投げ出されているそれは、離れたところにある。
 それにこの、独特の……。

 まさか。
 でも。
 いやいや。
 だけど。
 頭が混乱している。
 そして、その支離滅裂な頭でできるだけさりげない質問をしようと試みる。
 ……。
 アルクェイド、その…うーん。
 その…この言い方も。
 ええと、よし。

「おしっこ?」

 迷いに迷った挙句、あまりに直截的すぎる言葉が口からこぼれた。

「……うぅ」
「え、本当に?」

 端的な俺の言葉に、アルクェイドが小さく頷く。
 自分で訊いたものの、俺はぽかんと口を開いてしまった。
 否定を頭の何処かで予測していたらしい。

「嘘、嘘だろ?」
「……」

 思わず声が大きくなる。
 だけど、アルクェイドの顔。
 これは嘘や冗談の顔じゃない。
 さらに問い詰めようとした声が、口の中で止まってしまう。

 ちょろろろ、ぴちゃ……、ちょろろろ……。

                                      《つづく》